So-net無料ブログ作成

山本篤がリオパラ陸上競技で金メダルに挑む!プロフや経歴や資格は? [スポーツ]

山本篤(やまもとあつし)選手(34歳)がリオパラリンピック陸上競技で金メダルに挑みます。

山本篤選手のプロフィールや経歴や資格が気になりますね。

今回は中学1年で垂直跳び1mも跳んでいたという山本篤選手についてまとめてみました。


広告






山本篤がリオパラ陸上競技で金メダルに挑む!



リオパラリンピック陸上競技で山本篤選手が出場する種目は、100m短距離走(T42)、走り幅跳び(T42)、そして4×100mリレー(T42-47)の3種目です。

山本篤選手は北京パラリンピックで、100mが5位、走り幅跳びが銀メダルの成績を持っています。

日本の義足陸上競技選手初のパラリンピックでのメダルでした。

ロンドンパラリンピックでは100mが6位、200mが8位、走り幅跳びが5位でした。

山本篤選手はかつて走り幅跳びの世界記録保持者でした。

現在は抜かれてしまいましたが、アジア記録の6m62を跳んでいます。

ちなみに世界記録はドイツのハインリッヒ・ポポフ選手が持つ6m72です。

たかが10cm、されど10cm。

いつかまた抜き返してほしいですね。

短距離走の自己ベストは、100mが12秒61、200mが26秒00、そして400mが1分00秒02です。

山本篤選手は特に走り幅跳びでメダルが期待されている選手です。

日本人初のパラリンピックメダリストとして、リオパラリンピックで活躍してほしいと思います。


山本篤のプロフや経歴や資格は?



160827_山本篤選手.jpg

出典 ttp://www.paraphoto.org/?attachment_id=6936


山本篤選手のプロフィール



名前 山本篤(やまもとあつし)

生年月日 1982年4月19日(34歳)

出身地 静岡県掛川市

出身高校 掛川西高校

出身専門学校 日本聴能言語福祉学院

出身大学 大阪体育大学

身長 167cm

体重 59kg

陸上競技クラス T42

所属 スズキ浜松AC



広告






山本篤選手の経歴



山本篤選手は2000年3月、高校2年生の春休みにスクーターで交通事故を起こしてしまい、左脛骨を粉砕骨折します。

入院中に壊死が始まり、やむなく大腿部から左足を切断しました。

義肢装具を作る専門学校在学中に陸上競技を始めます。

陸上競技用の義足を着けて練習に励んだ結果、日本記録に迫るタイムを出すことができました。

山本篤選手はパラリンピックを目標にして本格的に陸上競技をするために、2004年4月、大阪体育大学にスポーツ推薦で入学します。

陸上競技部に所属して専門的な理論とトレーニングで、100m、走り幅跳びの日本記録を次々と塗り替えていきました。

北京、ロンドン、そして今回のリオパラリンピックで3度目の出場となります。


山本篤選手が持つ国家資格



山本篤選手は左足を切断したあとは義足で生活しています。

自分の義足を作ったことで義足に興味を持ち、将来は義肢装具士を目指すことになりました。

高校卒業後に愛知県名古屋市にある「日本聴能言語福祉学院義肢装具学科」に入学します。

この専門学校在学中にパラスポーツと出会い記録を作っていったのですが、義肢装具士の国家資格はきちんと取得しています。

義肢装具士の資格を取り、就職先も決まっていましたが、陸上競技でパラリンピックに挑戦することに決めた山本篤選手は、大阪体育大学体育学部に入学することにしました。

せかっく取った資格ですので、いつか役に立てば良いですね。


山本篤選手のまとめ



山本篤選手は100m、走り幅跳び、4×100mリレーに出場。

日本人初のパラリンピック陸上競技メダリスト。

走り幅跳びでアジア記録6m62を持つ。

高校2年の春に交通事故で左足大腿部切断する結果に。

義足作りに興味を持ち義肢装具の専門学校へ進学。

専門学校で陸上競技を始める。

パラリンピックを目指すために大阪体育大学に進学。

義肢装具士の国家資格を持っている。


今回の記事が皆さんの参考になれば幸いです。
まさきちでした。


関連記事:副島正純のプロフや経歴は?リオパラ車いすマラソンでメダルに挑む!


広告



コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0